ブログ「川辺にて思う」

川辺にて

私の友人にタントラを教えるイタリア人のラダという人がいます。
多分もう15年くらい前になると思うのですが、札幌に彼女を招待して彼女のワークショップや個人セッションをオーガナイズしたり、通訳を務めたりしました。

通訳としての訓練を受けたことがないので、基本的には通訳の仕事は私には荷が重いのですが、なぜか彼女の英語は私の耳に心地よく、ストレスを感じずに良き媒介となれていた感覚があります。

通訳をしながら最も心地よかったのはラダが誘導する瞑想でした。
自分の頭の中に流れる思考や想念を、彼女は川の流れに例えて、ゆったりと語りかけていくのです。

「頭の中に流れる雑念や騒音、思考や想念を川を流れる水だと思ってごらんなさい。
岸辺に腰かけ、川の流れを眺めていなさい。

川の水は時に速くなり、時に遅くなり、時にゴーゴーと音を立て渦を巻き、そして川幅の広いところではゆるやかに穏やかに流れて行く。
あなたはただそこにいて、その様子を眺めているだけ。

時々あなたは知らぬ間に川の中に入って行き、その流れを止めようとしたり、つかまえようとしたりするかも知れません。
もしも、水の中に入っている自分を発見したら、そのままただ岸辺に戻ってきて、また腰を下ろし、そして再び、ただ水の流れを眺めせせらぎに耳を傾けてください。」

彼女の声を日本語に置き換えながら、私の意識はいつも川辺にあり、キラキラ輝く水面を流れて行く落ち葉や木の枝を眺めていました。

今も、いつでも、私が意識を向けると、そこには川が流れていて、とうとうと豊かな水をたたえ、さざ波に太陽が反射して、私の心は大海原へと向かって行くのです。

 

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