ブログ「川辺にて思う」

人形を使うファミリー・コンステレーションの個人セッション

先日の自主勉強会では、人形を使ったセッションの練習だったのですが、私にとっても今までになく説明が容易でした。
で、それは何故だろうとしばらく考えて整理をしていました。

私がトレーニングやスーパービジョンで教えるときに、ステップごとに何故そのような動きをしたのか、手順の意味を教えてほしいと求められることがよくあったのですが、思ったような説明がうまく出来ないことがありました。

ひとたび、コンステレーションがそこに立てられてしまうと、細かな説明よりもコンステレーションのスムーズな流れの方を優先せざるを得ないような切迫感がそこにはあり、それに押されてステップごとの説明などやりようがないことが多々だったのです。

そこに参加しているのはクライアントも代理人も全員がトレーニング受講者だから、例え重要な局面でもコンステレーションの動きを止め、区切って、時間を説明に使っていいんだとわかってはいながらも、目の前の代理人が発しているエネルギーを今この瞬間につかまえて、次のプロセスのために使わないと、過ぎ去ってしまう、失ってしまうという危機感がいつもそこにはあります。

2010012100060000それが、先日の勉強会では代理人を生身の人間にやってもらう代わりに、人形を使ってコンステレーションを立てたところ、ステップごとに区切っても説明が楽にでき、なおかつ、次のステップに進むためのエネルギーも失われませんでした。

後から思い出しても、この違いは何なんだろうと疑問が残って思いめぐらしていました。
で、ここ数日でなんだか説明がついたような感覚が生まれたのです。

生身の人間が代理人をしているとき、その代理人が感じるエネルギーは瞬間瞬間に変化していくので、ファシリテーターである私も常にその波と同調していなくてはならないため、プロセスの手順を踏む度に止めることが困難だったのではないか。

それが人形を代理人として使用するときは、プロセスごとのエネルギーの変化はファシリテーターである私のシステムを把握するビジョンの範囲内にあるので、私が手順を見失わない限りは、プロセスをストップさせてもエネルギーは失われないのではないか。

テーブルの上に並べられた人形を俯瞰で眺めると、システムのどこに順位のずれがあり、どこに尊重が失われているかがクリアーに視界に飛び込んできていたので、コンステレーションの途中で止めても説明が可能となっていたようです。

これはかなり大きな発見です。

自主勉強会に招いていただいたおかげで、人間による代理人によってのコンステレーションでしか得られない特別な経験もあれば、人形だから可能となる質もあることをよりいっそう明確化することができました。

どちらの方法にも半々のメリットとデメリットがあるので、使い分けていけば、クライアントのためにもトレーニング受講者の方々のためにも、必要な場面で最適のものを提示できることになると、あらためて可能性を掴むことができ、なんだか光を感じていい気分です。

PS:トレーニングでは教えていますが、現在、私は個人セッションは行っていません。
グループのワークショップに参加するのが困難な、セラピー等の指導的立場にいらっしゃる方、有名人の方、企業の経営に携わる方はご相談ください。スケジュールが合う限りご希望にお応えしたいと思っています。

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