ブログ「川辺にて思う」

沖縄に、広島に、長崎に

私の中のどこか奥の方で、戦争が終わっていないとささやき続けている声があり、それが私を駆り立てるのかと最初は思っていたのです。

鳩山政権が終わりました。

この8ヶ月で、暗黙の内に押し込 められ、押しつけられ、語られずにいたことが、日の下にさらされ、沖縄に存在し続ける危機を全く理解していなかった自分の無知を私は知りました。

他国との間に緊張が生じた場合沖縄には基地があることで、日本のほかの地域 と比べると攻撃される可能性がはるかに高いとニュース番組で誰かが語っていました。

全く認識していないことでした。

沖縄では今も生々しく戦争が継続している事実。

その事実が、沖縄にある基地が、 日本全国の都道府県に均等に割り当てられたら、人々はどのように感じるのでしょうか。

私たちは見て見ぬふりをしてきてはいなかったか。

京都に海兵隊の基地があったら、

奈良に基地があったら、

東京湾にヘリポートがあったら、

難波に基地があったら、

私の住む札幌の西区に基地があったら、私たちは夜眠ることができるのでしょうか。

ファミリー・コンステレーションでは、クライアントに対して

「家族の中で忘れられている人、尊重されていない人、居場所のない人はいませんか」
と質問します。

日本という国について自分の頭の中にコンステレーションを描いてみる。

この国を構成する47都道府県を47人の代理人として立ててみる。

沖縄はどこに立つのだろう。

47人の立ち位置を思い描く。

47人で構成する家族の一人として居場所が与えられ、尊重され、仲間の一人として溶け込んで見えるだろうか。

コンステレーションではこのようにも質問します。

「家族の中で過去に大きな事件や事故に巻き込まれた人はいませんか」

日本という国を一つの有機的身体としてとらえると、とてつもなく大きな事件に巻き込まれ、拭いようのないトラウマを負っているのはどこなのかと私は自分に尋ねます。

そして、そのトラウマからこの身体は自由になっているのだろうかと。

広島にも、長崎にも、私は沖縄に抱いているのと同じような具合の悪い罪悪感を持ち続けています。

ちゃんと見てこなかった、という。

私を駆り立て、突き動かし、沖縄に、広島に、長崎に向かわせるその力は、

私の無知

です。

私の罪悪感です。

見えていなかったことへの恥ずかしさと。

あの8月の暑い日に、エノラ・ゲイがもう少しだけ遠くを目指して飛んで、東京に、京都に、札幌に、原爆を落としていたとしたら。

今日の、今の、この瞬間の私は同じ人なのだろうか。

6月の最初に立てた日程では、私も助手もあんちゃんも3人とも24日に沖縄入りし、25日に南の戦地跡や平和記念公園をお参りし、翌日のワークショップに臨もうと考えていました。

予定を変更し、私だけ22日に沖縄入りし、23日の平和記念式典を体験します。

助手とあんちゃんが到着したらやはり25日にはお参りをしようと思っていますが、普天間基地も今は見に行きたいと思っています。

このワークショップのために沖縄以外から来てくれる皆さん、普天間基地がどのような場所か知るために行きませんか?

読谷村チビチリガマの平和の像に花を手向けに行きませんか?

8月は、広島にも長崎にも3人ともワークショップ2日前に現地入りして、前日はそれぞれの平和記念資料館、原爆資料館を訪ねてからワークショップに備えます。

まだ行ったことのない方、行きませんか?

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