ブログ「川辺にて思う」

困惑

ブログにコメントを書いて下さる方がほとんどいないので、それほど読まれていないのだろうと思っていたのですが、この頃、読んでいると言ってくれる方と遭遇する機会が増えまして、私が予想していたよりも多くの方が読んで下さっていることに気づき恐縮しています。

ただちょっと困惑するのが、直接ブログの感想を私に述べられることです。

その方が、
ある日の私のブログを読んで感じたことを、
何週間も経った、
とあるワークショップの会場で、
お昼休みの休憩時などで
「あの何月何日のブログの一節を読んで○○○と思いました。
で、私は○○○○○」

と、話し始められると私は困ってしまいます。

なんとお返事してよいものか。

トレーニングのときに、時折私は自分の個人的な逸話を交えて語ることがあります。

それは、
その瞬間の、
その場のエネルギーにふさわしいから、
あえてその話を織り込むことがその場の役に立つと感じるから、
その瞬間の開いた場のためだけに、
私は話します。

自分の個人的なことを語るのは正直、あまり得意ではありません。

特に両親の話は私にとって特別なものなので、その場のためだけに、本当に何かを伝えたい時にしか話しません。

でも、後で、その話の感想を伝えに来てくれる人がたまにいて、困惑します。

時が経つと、
その話を持ち出した時とは何もかもが変わってしまっているので、
もはやその逸話は、
その後の時間では、
その場ではふさわしいと、
私には感じられなくなってしまっています。

そのようなことがあると、話さなければ良かったと少しだけ後悔します。

作家であれば、受け取られた後は受け取り手の作品と割り切れるのかも知れませんが、申し訳ないのですが、私はまだまだ未熟でそのようには達観できないのです。

ブログはいつもある人を思い浮かべながら書いています。
その人が読んでくれていたら嬉しいなと願いながら。

ブログの画面にその人を映し、今の自分を開いて見ます。

この瞬間の自分は何を見、何を聞き、何を感じているのか、何を伝えようと望み、これを書こうとするのか、意識をそこに合わせていきます。

その人に読んでほしいと念じながら。

もし、私が書いた内容で何かを感じて、私に伝えたいと思って下さるなら、ブログのコメント欄にお願いします。

ブログの画面を見た瞬間に、私は書いた時の自分の感覚を取り戻すことができ、その時の感覚で受け止めることができます。

その瞬間、コンピューターの画面に向き合っているのは私だけです。

でも、直接言われてしまうと、その時、私の関心は他のところに移っていたり、ワークショップの内容を考えていたり、トレーニングの進行に集中しているので、お返事のしようがありません。
会場とかではたくさんの人たちに囲まれているので、意識を過去の自分の書いた物に集中させることができません。

食べ物の写真を見て、うまそうだったとかは言われても大丈夫ですけど。
勝手ながら、それは歓迎。

何卒、ご了承のほど、よろしくお願い致します。

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