ブログ「川辺にて思う」

自衛隊


ツアーの最中だった。

3月11日午後2時46分を過ぎた頃、
名古屋に向かっていた新幹線が突然停まった。

あと名古屋まで7分の距離。

10数分してすぐに新幹線は動き出し、何事もなく名古屋に到着。

その夜、ホテルの12階の部屋で余震を感じた。

3月4日に札幌を出て、17日に帰宅するまでうっかり
合間に休みを入れていなかった。

出発前から数えると18日間の集中的な仕事に、
きっちり体が答えを出し風邪を引いた。

ちょっと自分をこき使い過ぎたんだと思う。

熱が出てる間あまり動けなくて、
ずっとニュースとツイッターの情報に釘付けだった。

昨日だったか、朝の番組で自衛隊の活動の取材をテレビで観た。

自衛隊の松島基地が被災し、
基地内にあったヘリコプター、
航空機28機が津波で押し流されていた事を知った。

飛行機もヘリも、
流されてきた色々な残骸と一緒に斜めに転がっていた。

インタビューに応じていた自衛官の方が、
「このヘリがあの津波の瞬間に一機でも空中にあれば、もっと助けられた人がいたかも知れないのに・・」と涙ぐんでおられた。

基地そのものが津波に覆われた痕がありありとしている。

松島基地も他の地域と同じに、水もガスも電気も来ていないのだ。

インタビュアーが尋ねる。

「皆さん、隊員の皆さんはこちらで寝ているのですか?」

「いえ、寝るというより、いかにして暖をとるかというだけです。
暖房器具はお年寄りや子どもさんのいる避難場所に貸し出しますので。」

そうして、自衛隊員の方々はお互いが凍えないように身を寄せ合って、
体を横たえ、
明くる日はまた泥だらけの制服に身を包んで救助に向かうという。

どうしてそこまでできるんだろう。

これまで色んな人から色んな言葉で揶揄されたり、
失礼なことを言われてきているのに。

こんな記事を見つけました。

「初めて敬語でメールを送ってきた娘」

http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-3410.html

私はその取材の模様を観ながら、
胸がいっぱいになっていました。

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