ブログ「川辺にて思う」

一念、それから愛されているということ

午前4時、
目を覚ましたときに、
ここがどこのホテルか一瞬わかりませんでした。

いつも枕には持参の薄手のタオルを巻いているのに、
なんで今日はそれを忘れたんだろう。

天井からくるりと部屋を見回して、
ネコと目が合って、
あっ、あっ、
札幌だ、
自宅だ、
と、ようやく記憶が繋がった次第です。

18日間でホテルを5カ所も換えるとこんなことも起きます。

休みを満喫しようと、
ずーっとカレーとかラーメンを食べていなかったので、
まず、近所に最近できたスープカレー屋「C」に初めて行くことにしました。

Chuttaのカレー
 スープカレー屋さんて、
 評判がたとえ良くても、
 当たり外れが激しくて、
 実は私はあまり信用していません。

 以前、近くに有名店「S」が開店したので、
 カキフライカレーを食べたら、
 生臭くて全然美味しいと思いませんでした。

 その時は味も、
「辛いスープではあるけれど、
 これのいったいどこがカレーなんだ?」
 と思った経験があったのです。
 

個性を出そうと努力しているのはわかるけど、
カレーの風味のないスープはただの辛いスープでしょう。

今日食べたフィシュフライカレーは美味しかったけど、
自分の好みとはやっぱり少し違っていて、
美味しいカレーを食べたかったら自分で作るしかないかなと、
あらためて思ってしまいました。

普通のルーを使うカレーです。

それから買い物に行って、帰ってきたら、
ネコの様子がおかしいので、
動物病院に連れて行くことにし、
片道40分の運転で、
子猫の頃からお世話になっている前谷動物病院へ。

帰りの運転の最中、
まぶたがどんどん閉じようとしていることに気がついて、
居眠り運転が始まる直前をドキュメンタリーで感じました。

疲れはまだ取れていないことを実感し、
少しばかり恐さを知りました。

実は少しどころじゃなくヤバかったんだと思う。

点滴と注射のおかげで、
夜には食欲も戻り、
ひとまず安心したけれど、
色々思いめぐらしてしまいました。

晩年、父は動脈硬化のために片足を膝の上から切断しなくてはならず、
要介護4という、
自分ではベッドから動けない状態になっていました。

退院後の父を私は自宅に引き取り、
介護生活を開始しました。

体は不自由になりましたが、
父の頭脳は健康だったので、
私の仕事のない日は、
ふたりでベッド際で晩酌をしながらおしゃべりを楽しみました。

戦後の父の仕事のこととか、
私の離婚のこととか、
母のこととか、
シベリアに抑留されていた時のこととか、

「お父さん、自分の力で動けなくなって、
ずっとベッドから窓の外の景色を眺めている毎日になってしまって、
辛いに決まっているのに、
イライラしたり、腹が立ったりしないの?

いつも、淡々としているけど、
お父さんて、もしかしたら悟ってるの?」

「・・・・・人生は、なるようにしか、ならないからなあ」

波乱の人生を生きてきた結果の父のその言葉を、
私は迷ったときに自分に言い聞かせます。
そして、息をします。

1〜2ヶ月毎に行かなければならない出張の祭には、
私はこんこんと頼み込んでから出かけていました。

「お父さん、お願いだから私の出張中に具合悪くならないでね。
まして、死んだりなんかしないでね。

私が札幌にいるときなら、
具合が悪くなってもそばで看病できるし、
もしも死ぬようなことになっても、
死に水を私が取るから。

私がそばにいられない時は、
がんばって元気でいてね」

と、ほぼ頼むというより脅していると、

その度に父は、
「オレはがんばっているんだけどなあ・・」
と少ししょんぼりしながら、
「大丈夫だから心配しないで行ってこい」
と、
短期の介護施設に先に父を預けて、
お互い手を振り合って、
見送り合ってから、
私は空港に走ったものです。

そんな日々が10ヶ月を越し、、
父は再び入院し、
1ヶ月くらい病院で過ごしていたある日、
私が出張から札幌に帰ってきた数日後に、
旅立つ日を迎えました。

1年くらい前になると思います。

ネコにも私は同じことを頼みました。

「私がそばにいる時は具合悪くなっていいからね。
そんなときは何でもしてあげられるから。
でも、私が出張の時は、
がんばって元気でいるんだよ。」

けなげなネコは真剣にその言葉を受け取ってくれたのだと思います。

昨日までは元気そうだったのに、
今日、体調を崩しちゃうんだ。

18歳のネコに無理をさせてるんだ。

私。

ごめんね。

 

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