ブログ「川辺にて思う」

トレーニングのこと ⑪ おまけ:愛について学んだこと


ハラルドは容態が安定したところでドイツに移送され、
しばらくドイツで治療を続けていましたが、
リハビリをする段階に入ったところで、
拠点をメキシコに移し、
ハラルドとブランカはメキシコで生活するようになりました。

その後私は何度も国際電話をかけ、
少しずつ話しができるようになったハラルドの変化を聞いています。

脳の言語を司る部分にダメージを受けていて、
ある特定の文字や音が脳から抜け落ちてしまっているので、
ハラルドとはメールのやり取りができなくなっています。

電話で話すと私のことはわかるけど、
「チェトナ」という音を発するのはひどく困難になっていました。

全て理解しているけれど、

自分を思うように表現できないという、
ひどくもどかしい状態に24時間365日いるのは、
どれほど辛いだろうと想像すると泣きたくなります。

それでもブランカはラテンの明るさで、
ハラルドは野菜も食べるようになり、
水も飲むようになり、
大型犬を飼い、毎日犬と散歩に行くようになり、
「ハラルドは今はヘルシーで、体重も85キロになってハンサムよ!」
と嬉しそうに電話で教えてくれて、
私はブランカがそばにいてくれたらハラルドは大丈夫だと安心していました。

ハラルドとブランカから私は愛についてたくさん学びました。

ハラルドは1951年生まれ、確かブランカも同い年だった筈です。

2001年、バートのメキシコでのワークショップに同行したときに、
ハラルドは現地スタッフとして手伝いに来ていたブランカと出会いました。

ハラルドは硬派でまじめで照れ屋です。

仕事のことならいくらでも饒舌にしゃべるのですが、
ブランカとの出会いについてはなかなか口を割りません。

「ね、ね、ね、Love at first sight だったの?」

私は手を変え、品を変え、聞き出そうとするのですが、
モゴモゴ言ったりウニャウニャ言ったりしてごまかそうとします。

香港の病院の待合室でおしゃべりする中でブランカが色々教えてくれました。

どうやら、ハラルドは初対面でビビッときてしまったみたいです。

ハラルドはかなりがんばってアタックし、
ブランカには他におつき合いしている男性がいたにも関わらず、
ブランカの気持ちを自分に向かせたんですって。

50歳の本気の恋です。

2年くらいの遠距離交際を経て、
ハラルドは花束と指輪を差し出して、
プロポーズをしました。

ブランカは躊躇したのを、
彼女の成人した息子二人が後押ししての結婚です。

二人がくぐり抜けた困難を思ったときに、

中年以降の恋愛では人は臆病になると言うけれど、
その年齢でのお付き合いこそ、
覚悟とコミットメントが必要なのではないかと思ってしまいました。

これから子どもを作る年齢なら話しはまた違ってきますが、
中年からの出会いや恋愛に憧れる場合、
男も女も、
若かった頃に持っていた自分の好みのタイプの幅を、
少し広げる必要があるのではないかと思います。

自分に万が一のことがあった場合、
この人は自分のおしめを替えてくれるだろうか、
車いすを押してくれるだろうか、
もしも私がこの人を忘れ始めても寄り添ってくれるだろうか、
自分が無防備な状態に陥ったときにもそばにいてくれる人だと信頼できるだろうか、

この人に万が一のことがあったとき、
自分はこの人のおしめを替えてあげられるだろうか、
車いすを押してあげられるだろうか、
もしもこの人が私を忘れ始めても寄り添っていけるだろうか、
この人が無防備な状態に陥ったときにも信頼してくれるとしたら、
自分はその信頼に足る人間だろうかと、
問いかけてみるのは無駄なことではないような気がします。

5日後に脳溢血で倒れているかも知れません。
でも、80過ぎまで元気でいるかも知れません。

年齢を重ねれば重ねるほど、時の過ぎるスピードは速くなっていきます。
その貴重な時間をどう生きていきましょう。

昨日の自分の選択を後悔する代わりに、
そう選択せざるを得なかった自分を尊重し、

今日できることを今日やり、今感じていることを今表現し、

明日の心配をする代わりに、
明日できることは明日の自分に任せることです。
明日の自分の方が、今日の経験をふまえて少し賢くなっているでしょうから。

そんな風なことを私はたくさん教えてもらいました。

この2年、メキシコに電話しても、ブランカにメールしても連絡がつかず、
今、私はハラルドの行方を探しています。

ハラルド一人ではメールにも答えないし、
電話にも出ないので、
全てブランカを媒介とする以外ありません。

便りのないのはよい便りと思いたいところですが、
それがラテン気質にも当てはまるのか知りたいところです。

先日アルブレヒトがどうもハラルドはベルリンにいるらしい、と言っていたので、
グンタードに問い合わせているところです。


日本のファミリー・コンステレーション、
システミック・コンステレーションのトレーニングを語るときに、
ある日、誰もハラルドのことを知らないなんてことになっては耐えられないと、
記録に残しておかなくてはと思いしたためてみました。

コンステレーションの世界の、
私の兄についての話です。

Harald & Chetna-3

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