ブログ「川辺にて思う」

比較してみること


7月のトレーニングに講師として来てくれたアルブレヒトには、
日本滞在中にたくさん話しを聞いてもらいました。

昨年の「沖縄、広島、長崎の旅」から学んだこと、
そこから近現代史を勉強しなくてはならない必要性に気づいたこと、
日本の戦後教育の中で近現代史はほとんど触れられていない現状、
それらと真剣に向き合わない限り、
コンステレーションの現場で発露する現象に対処しきれなくなってきていること、
などなど。

広島に行きたいと言ってくれたアルブレヒトだったので、
原爆に関連して私が知り得た終戦前後の史実(と思う)について話したところ、
奥様のブリギッタが私の説明をさえぎって話し始めました。

「あなた、そんなこと言うけど、何を言っているの?
日本は中国を侵略して植民地支配をして、大虐殺を行ったんじゃないの。
それでも執念深く戦争をやめようとしないから、
戦争を早く終わらせるためにアメリカは原爆を落としたんでしょう。
それが正しい歴史だって私たちはみんな知っているわよ」

アルブレヒトが割って入ってくれて

「ブリギッタ、ちょっと話しを待ってくれないか。
チェトナが話しているときに君も同時に話してしまうと、
チェトナが言おうとしていることと混乱してしまうから、
まずチェトナの話しを聞きたいと思うんだ」

それでやっと、
私はあらためて、
終戦前後の降伏条件に関してアメリカと日本の交渉がどのように行きつ戻りつしていたか、
7月にアメリカは原爆の最終実験に成功していたことがどのように影響していたか、
私にとって腑に落ちていた、
史実と思われる情報を伝えることができたました。

ブリギッタの歴史認識を聞き、
私は頭を斜め後ろからパーンと殴られたような感覚に陥りました。

彼女が言ったことは、
まさしく私がついこの前まで信じていたことだったのだけれど、
それを世界中が信じているかも知れないと思うと、
背中に脂汗が沁み出るような感覚がありました。

原爆を落とす正当な権利を有する戦勝国であるアメリカ。

残虐で、非道で、極悪な、成敗されるに値する国、日本。

一方的に正しいことをしたアメリカ。

一方的に悪かった日本。

侵略されたかわいそうな国、中国。

植民地化されたかわいそうな国、韓国。

侵略した極悪非道な加害国の日本。

それって、
アメリカが書いた日本像です。

日本が日本の側からの言い分を描いた日本像ではないです。



そして、ああ、
それ以外の歴史認識があることなど想像もせずに育って来ている日本人。

私が昨年暮れから調べて来た近現代史とかなり食い違っている、
世界における日本という国に対する認識。

もし、私が調べたことが事実だとしたら、
私が知った、
私が誇りに思う、
美しい私の国、
日本が、
世界中から誤解されているのかも知れないとしたら・・・・

欧米では近現代史の中の日本や、
人種差別というものがどう捉えられているのかを知りたくて、
アメリカ人歴史家が書いた本を数冊取り寄せました。

容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別 (平凡社ライブラリー)
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敗北を抱きしめて〈上〉―第二次大戦後の日本人
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敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人
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人種主義という観点から書かれている点で非常に評価され、
とてもたくさんの賞を受賞している著作ということです。

ただ、私は
「敗北を抱きしめて(上)」の最初をパラパラと眺めているときに目に入ったある文、

「序ーp4 5行目〜:中国との前面戦争がはじまって間もなく起こった南京大虐殺から、太平洋戦争の末期のマニラでの蛮行にいたるまで、皇軍兵士たちは表現しがたいほどの残酷と略奪の跡を残した。のちに知られたことであるが、日本兵たちは同僚の兵士の肉を食べていた。日本兵は絶望的な自殺的突撃をおこなって戦死し、戦場で餓死し、傷ついた自軍の兵が敵の手におちるよりもむしろ殺害するほうを選び、サイパンや沖縄のような場所では、非戦闘員の同国人を殺した。日本人は、自分の町が焼夷弾で破壊されるのをなすすべもなく見守った。・・・」

それから、「第1章ーp43 最後から2行目〜:一九五◯年になっても、日本でもっとも人気のある家族向けマンガである『サザエさん』は、ソビエト連邦からお父さんが帰ってくるのを待っている可哀想な男の子を題材にしていた。」

はあ?

そんなあることないことないことないこと・・

それに国際法違反である「じゅうたん爆撃」を焼夷弾でした側は、アメリカでしょ?

日本研究のための著作と言えど、
「日本人は、自分の町が焼夷弾で破壊されるのをなすすべもなく見守った。」
は、ないんじゃないですか。

私、子どもの頃、

サザエさんのマンガ、第1巻から何十冊も読んだけど、
ソビエト連邦からお父さんが帰ってくるのを待っている可哀想な男の子が出て来たなんて、
今の今まで知りませんでした。
この著者はサザエさんを読んだことあるのかしら。

(※ 調べたら、初期のサザエさんでは戦後の復興の様子を表しており、その中にシベリア抑留から帰ってこないお父さんを待つ同級生のエピソードがあったそうです。)

それにしてもニュアンス違いすぎるし。

これらの文章を発見してしまうと、

果たしてこの本にある記述をどこまで信用していいのだろうかと思えてしまい、
今、手元にあっても正直いって読む気が萎えています。

が、これが多くの賞を取った、
多くのアメリカ人が読んで、信じ、受け取った内容であるならば、
彼らが日本について何を知っていると思っているのか、
それは理解しておく方がいいのではないかと、
その事実から目を背けずに、
やっぱりがんばって読むべきなのかと思うと、

う〜〜〜〜〜
気が重くなります。

う〜〜〜〜ん、
やっぱりデータや情報は色んな方面から取って、
自分の中心と照らし合わせて、
比較して、
腑に落ちるものは何か、

自分の気分や都合ではなく、
内なる真、
善、
美の基準と照らし合わせて、
納得のいくものは何なのか、
探求し続けなくてはいけないように思います。

ところで、
比較すると面白いのではないかと思うものを発見しました。


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