ブログ「川辺にて思う」

子どもの権利

お正月気分も早々抜け、
先日、
6期トレーニング研究コースの最終回を迎えました。

その3日間はこの2年間の学びの集大成とも呼べる、
大変深い気づきを共有する場となりました。

その過程で説明したことに、
「子どもの権利」というものがありました。

ここで書くことを、
コンステレーションのトレーニングを受けたことのない、
システム論の知識も、
現象学の下地もない人が読むのは、
かえって誤解を招くだけで役に立たないかなとも思うのですが、

まあ、誤解したい人はするだろうし、
読んで私を非難する人はいずれにせよ非難するだろうから、
わかる人は役に立てるかも知れないと、
それらの人たちの顔を思い浮かべながら書くことにします。

トレーニングの中で、
「子どもには権利はない」
と、いうことを私は話しています。

なぜなら、
子どもの運命は親の運命に付随するからです。

子どもに必要なものは、
「保護としつけ」です。

教育も、と付け加えたいところですが、
まず保護としつけができていれば、
例えば貧しさから教育の機会に恵まれなかったとしても、
自力で自分を教育して行く力の基を持っていることになるので、

子どもに必要なものの基本は、
やはり「保護としつけ」とします。

健全に育っていけるように保護を与え、
成長したあかつきに、
どこに出しても恥ずかしくないしつけがされていれば、
人と良い関係を結ぶことができ、
社会生活を営んでいけます。

自分でどうにもできない運命に翻弄されているときに、
人権を主張するなどというのは無意味です。

子どもの運命は、
親の運命に左右されます。

親に対して権利を主張する子どもというのは、
まず、
親が完璧に問題のない人生をおくっているという前提に立っている訳で、

そもそも親自身が完全な自由を得ている筈で、
なおかつ万能で、
無条件の愛を注ぐことができる筈だという思い込みが先立ちます。

そんな親はどこにもいません。

親も自分でどうにもならない運命の一部として、
その瞬間、
最も良かれという選択をしながら生きています。

では、子どもの運命が親の運命に付随しているなら、
親の運命、
大人の運命は何に付随するかというと、
国の運命です。

国が平和で安定しているときには、
世の中には秩序があり、
経済は循環し、
子どもを安心して育てることのできる環境を維持できます。

たとえば、戦時下の世の中に、
子どもの人権を声高に叫んだとしても、
何の役にも立ちません。

ここにちょっとしたポイントがあります。

では、国の運命は何に付随するのでしょうか。

国の運命は世界情勢に大きく左右されます。

世界情勢は、
国と国の経済力や軍事力によって均衡が保たれます。

例えば、
ブータンの国土はこの10年間で18%が他国に侵略されて奪われているそうです。
戦争によって国土を奪われたのではなく、
国境の内側に他国の軍隊が領域を広げ続けているそうです。

そして、世界情勢というのは、
国と国との利権の主張によって、
勢力図が変わっていくものです。

国と自分のつながりを感じることができないと!!、

世界の中の日本がどのような位置にいて、
どのように均衡を保っているかを感じることができません。

そして政治が、
私たち自身が自分の国の安定を保つために、
私たちに与えられている手段だと感じることができません。

国と自分が繋がっていると感じられないようにするための、
色々なしかけや仕組みが日常や、
私たちが受けてきた教育の中に存在しています。

コンステレーションのトレーニングの中には、
国と自分を分離させるためのしかけや仕組みを解体していく作業も含まれています。

国とのつながりを感じることができなければ、
自分が誰であって、
どこに属しているかが曖昧になり、
無限の自分探しの旅にはまってしまうことになります。

なぜなら、国はあなたのアイデンティティーの根本だからです。

セラピー系のワークショップや、
トレーニングで、
戦争やら、
政治やらの話を持ち出すのは、
経営的にも戦略的にも不利なんだそうです。

だから、私はこんなことはブログに書くべきではないみたいです。

でも、
コンステレーションのトレーニングがどこまでを包含しているかは、
書いておかなくてはと思うのです。

政治も戦争も、
親や祖父母、その前の世代の人たちが勝ち取ってきた歴史であり、
そして傷ついてきたトラウマです。

私は、世代を超えたトラウマワークをしています。

今、バート・ヘリンガーの本を翻訳中なので、
度々、どうにも翻訳できない言葉にぶつかり、
その言語の意味を調べる作業をくり返しています。

その中でわかったことなのですが、
元々、
日本語には権利という言語はなかったのだそうです。

かつての日本には必要のない言葉だったのかも知れません。

戦後教育の中で、
当たり前のように人権という言葉が教えられるようになって、
私たちは権利とか人権とか主張するようになっていますが、

コンステレーションを通して、
私たちが運命の手のひらの中で、
どれほど無力な存在かを理解していくと、

権利という言葉に含まれる意味の儚さを感じます。

権利があるという前提では、
話が成り立たないところに私は来てしまいました。

運命に頭を垂れてから、
親や、祖父母、その前の世代が辿った歴史を振り返ると、
自分の生命が奇跡の連なりによって、
ここに与えられていることを、

そして目に見えない力に守られ、
支え、
導かれ、
これまで死ななかったことを知るのです。

権利と言う言葉を振りかざしている人は、
運命よりも自分の方が大きいと思っているのかも知れません。

それはきっと孤独です。

かつて、権利という言葉を信じていた頃の私は孤独でした。

親の運命を変えることのできないほど無力な、
両親の子どもで、
祖父母の孫
で、
兄の妹で、
日本人でいるときに、
私は最も大きな支えを受け取り、
愛されていることを感じ、
溢れる力が後押ししてくれていることを感じるのです。

その感覚が私にとっては心地よく、
生きるのを楽にしてくれるので、
トレーニングではそれをお伝えしたく、
一人一人にカスタマイズして体感していただくのです。

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4月からは新しいトレーニングが始まります。

トレーニングに入るかどうかを決める前に、
小林がどのような仕事をするか見てみようという方には、
2月と3月のワークショップがあります。

そちらで、コイツは信頼に値するかどうかチェックしてみてください。
相性もありますから。

トレーニングのお申込みは、
直前になると重なることが多いため、
事務処理や準備が間に合わなくなることがあります。

早めにお申込いただくと助かります。

↓   ↓   ↓

 

2月と3月に、

ファミリー・コンステレーションのワークショップを開催します。

2015年ワークショップ・スケジュール:

☆ 平成27年2月7日(土)8日(日)チェトナ小林 コンステレーション・ワークショップ

 ☆ 平成27年3月7日(土)8日(日)チェトナ小林 コンステレーション・ワークショップ

 



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現在、今年/平成27年春開講の、

8期基礎コース、


7期研究コース、


6期ファシリテーター養成コース


受講生募集中です。

 


ご希望の方に募集要項をお送りします。

 

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